通勤中のラジオで・・・
こんにちは。ふじた歯科院長です。

今日は今朝、通勤中に、たまたま聞いたラジオの聞いた話をします。

ある主婦が、いつも買い物をする店であるいつも食べているものを買いました。家に帰って食べたら変な味がしたので、その店まで行って、味がおかしいと店員に話したところ、その店員に逆切れされたそうです。あなたの責任で封を開け、それを食べたのだからそれはあなたの責任であり、そのことを店にいうのはおかしい、メーカーに言うべきである。私に言われても困るといわれたそうです。

どうしても納得がいかず、友達にも話してみたが、それはお店が悪いので、直接店長に話すべきだといわれ、電話をして、そのいきさつを店の店長に話したら、直接家までお詫びに来て、『申し訳ございません、お知らせしていただいてありがとうございました。最悪の場合その商品をすべて撤去しなくてはならないことになったかもしれないし、問題が大きくなる前に解決の方法を取らねばならぬ事態だったから、ありがとうございました。』と丁寧にお詫びと感謝をされたそうです。
でも、その主婦は二度とその店にはいかないと決めたそうです。

これはその店員事態に問題があったのと、問題児の対処マニュアルがなかったこと、また店員から上司に連絡もなかったことが原因だと思います。

たまたまラジオで聞いた話ですが、このように、どの業種でもいろいろな問題が発生します。しかし、その対処法によって、その企業のレベルが問われますし、対応によってはその顧客が離れていくこともあるし、逆により良いファンになることもあります。

私もこの話を聞いていろいろ考えさせられました。皆さんも考えてみてください。いかに対応すべきだったのか?より良い対応というのはどういう行動だったのか?

連休中にも考えてみることもいいのではないでしょうか。

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長崎県 諫早歯科 ふじた歯科
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[2013/04/30 09:30] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大学時代の思い出
こんにちは、ふじた歯科の米嶋です。

今日は、私の大学時代の部活の話をします。

私は、大学6年間野球部に所属していました。

夏にはデンタルといって、全国の歯学部の野球部の学生が集まり試合を行います。

長野や岩手、岡山、福島、福岡などで1年に1度試合をしに行きました。

岩手以外は、長崎から車で行きました。

福島に片道1400キロかけて行ったときには、到着したころには試合どころではなく、かなり疲れていて試合どころじゃなかったことをいまでも覚えています(笑)

そのようなことも今では仲間と集まって話をするときの盛り上がるネタの一つとなっています。


大学まで行って部活なんかすることないと思う人もいるかもしれませんが、夏の大会に向けて、週3日、試合前は週4,5日集まって練習していました。すべては大会で優勝するという目標のために、一致団結した思いがあったからではないかと思います。


5年生の時、私がキャプテンをしたときにはベスト4にも入れなかったのですが、負けた試合後には皆で涙しながら悔しがったのを覚えています。

そのときに後輩から、「先輩がキャプテンで良かったです、ありがとうございました」と言われたときには、何とも言えない思いが込み上げてきたのを思い出します。


このように、目標を決めて、同じ方向を向いて一生懸命頑張って働けば、毎日やりがいも感動もあるのではないか。これからも目標を明確にして、しっかり働こうと思いました。


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長崎 諫早 ふじた歯科   米嶋
[2013/04/27 08:40] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
こんにちは、ふじた歯科 松永です。
私には3つ上の姉がいます。小さいときから勉強を教えてもらったりすごくお世話になっています。
同じ歯科医師という職業でもあり、歯科のこともよく教えてもらっています。
そのせいか私には人に甘え頼ってしまう癖がついていると思います。
ふじた歯科のみなさんは自分でなんでもこなします。
そんなみなさんに甘えて診療していたので、その癖をなおしよりよい診療を行えるように頑張っていきます。

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長崎 諫早 ふじた歯科 松永


[2013/04/26 13:07] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
親のありがたさ
こんにちは ふじた歯科ゆみです

私は社会人になって親のありがたさを感じるようになりました。
今まで親の苦労やありがたみをあまり考えることがありませんでした。
しかし、実際に自分が社会人となってから、どんなにきつくても毎日家族を養うために働くことがどんなに大変なことか、気づくことができました。
母は朝早くおきて朝ごはんとお弁当を多いときで5人分作り、それから
仕事にいき、仕事から帰ってくるとまたご飯作ったり、家事をしています。
これが当たり前のように思っていましたが仕事で疲れて帰ってきてそれからまた家のこともするのはすごく大変なことだと思います。
いつでも文句言わずしてくれていて本当にありがたいなと思います。
朝、私が家を出るときはいってらっしゃい、気を付けてねと言ってくれるので
今日もまたがんばろうという気になれます。
また、家に帰るとおかえりやお疲れ様の一言を言ってくれることが
うれしく、ほっとなります。大きい文字
私は親が帰ってきてもおかえりさえ言わない日がありましたが、ちゃんと一言いうようになりました。学生のころはたくさん親に反抗して口もきかないこともありましたが
今では親のありがたさに改めて気づき、大切にしないといけないと思うようになりました。
これからは何でも親に頼るのではなくて、自分にできることはして、
少しでも親への負担を減らしてあげれたらと思います。
そして、感謝の気持ちを忘れずにしっかりと親孝行をしていきたいです。


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長崎県 諫早市歯科 ふじた歯科
[2013/04/23 09:26] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
専門学校時代の友達
私には、専門学校時代にずっと一緒に過ごしてきた大好きな友達が5人います。
休み時間もいつも一緒、お昼ごはんもいつも一緒に食べていました。
長期休暇中には、ワゴンのレンタカーを借りて、みんなで佐賀や熊本など旅行に行ったりもしました。
3年生になって、いよいよ毎日国家試験への勉強に追われる日々になると、毎週月曜日に模試があり、その日は全員集まりますが、火曜~金曜日は希望者のみ登校するというようになりました。
そのため、火曜~金曜日はクラスの3分の1ほどの人数しかいつもいませんでした。
 模試では合格点はとれていたものの、点数が不安定だった私は毎日学校へ行き、朝から夜の7時まで勉強するという日々を送っていました。
大好きな5人の友達も毎日学校へきて、一緒に朝から夜まで勉強していました。
 国家試験前の勉強は、毎日午前中に200~220問ある過去問や各教材会社が作った予想問題を解き、午後からはひたすら午前中に解いた問題の間違えた所やあやふやな所のやり直しをしていました。
 国家試験という一生の決まる大事な試験なので、教室の中がピリピリしていることも少なくはありませんでした。
「落ちたらどうしよう」と考えて暗くなったり、焦ったこともたくさんありました。
でも、そんな勉強ばかりの日々でも面白い語呂合わせを一緒に考えたり、会話の中でお互いに語句を出し合って覚えたり、たまには息抜きとしてみんなでバカなことをしたり…
大好きな5人がいたから乗り越えられました。
 国家試験は福岡であり、前日から福岡に行き、翌日国家試験に挑むというような日程でした。
 前日の夜はみんなでホテルに泊まったのですが、私の部屋にみんなで集まり、12時近くまでいつものように問題を出し合いました。
 それぞれ一人部屋だったのですが、その日は3人で1つのベッドに入り、「大丈夫だよ」と励ましあいながら就寝しました。
結果は、私の通っていた長崎歯科衛生士専門学校27期生24名、全員合格し、早い人は3月中旬~、ほかの同級生も4月から社会人となり、皆別々の歯科医院にて衛生士として働いています。
 就職をしてからも毎日大好きな3人とは、LINEというアプリでグループトークをして話しています。何度も教わっているのにできなかったり、全然うまくいかないことばかりで落ち込んでしまったりした時に、大好きな5人、そして同級生みんなが同じ気持ちをかかえながら頑張っているんだと知り、もっと私も頑張ろう!といつも励まされます。
 これからもお互いに励ましあい、こうしたら上手くいったよ!と経験談をだしあって、みんなで立派な歯科衛生士へと成長していきたいと思います。


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長崎県諫早歯科   ふじた歯科        まお
[2013/04/22 20:00] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私の大切な仲間達♪
今日は、昨年まで一緒に同期として働いてきた仲間の話をします。

私は、約2年間福岡で法人営業をしていました。一緒に入社したのは,男性社員が14名、私を含め女性は2名
の計16名でした。

私たちが、最初に顔合わせをしたのは内定式です。日本の各地から集まった仲間たちと、これから同期として、共に助け合い、またライバルとして働くんだな・・・と思うととても新鮮な気持ちでした。
内定式の時は、それぞれ連絡先を交換する程度で別れました。
私は、女子大で4年間生活してきたこともあり、男性ばかりの環境に少々戸惑いを感じ、4月1日の入社式を迎えることになりました。
4月1日、本社で入社式を終え、そのまま研修センターで1週間泊り込みの研修がありました。
研修では、学生気分から社会人としての意識を持つ為に、早朝から夜遅くまで、講師の先生からの話がみっちりありました。この研修は1番キツイ研修でしたが、グループワークを行ったり、夜にみんなで集まってプライベートの話をしたり、この研修のおかげで同期としての団結力や絆が出来たと思います。

3日もすると仲良くなり、夜のフリータイムになると、私はみんなに「バスケしよう!ドッヂボールしよう!
」と声をかけて、人事の方たちも巻き込んで体育館でスポーツをすることもたびたびありました。
みんな疲れているのに、嫌な顔をせず付き合ってくれたことが、とっても嬉しかったです。入社式が終わる頃には、みんなで頑張っていこう!と言い合える仲になっていました☆

配属先は、九州内バラバラでしたが、頻繁に連絡をとっていました。この連絡が、私の支えになっていました。
営業職だったので、毎月決められたノルマがあります。飛び込み営業で、病院・一般企業・飲食店・スナックなど、業種構わず営業をしていました。自分のお父さんぐらいの方と商談をすることが日常茶飯事でした
。調子が良いと、行く所、行く所、良い話になり契約書という最高のお土産を持って帰ることもありました。
しかし、落ち込むと、どんなに頑張っても、頑張ってもとれないという日が続きます。営業の世界では成績がでないと、いる価値がないので、とにかくいつも必死になっていました。私は、何度かその波にぶつかり、自分自身もすごく落ち込んでしまったことがありました。
そんな時、私を引っ張りあげてくれたのは、同期のみんなでした。私は福岡の早良区という所に営業所がありました。良く相談に乗ってくれていた同期は、博多と天神営業所で仕事が終わってから、わざわざ都市高に乗っていつも駆けつけてくれていました。
単なるプライベートの話から、どのように営業しているか?どんな成功事例があったか?逆にどんなダメな事例は?と、たくさん、たくさん話をしていました!
最後は、よし!じゃあまたがんばるね!と言って、いつも別れていました。
同期と会うと、キツイ思いをしているのは、私だけじゃないんだな!と気づかされていました。
私が退職という決断を出す時も、たくさん話を聞いてくれて、そこまでしっかり考えて出した決断なら良いんじゃない?と、そっと背中を押してくれました。


私は福岡を去る前日に家を引き上げ、福岡最後の日はいろんな営業所の上司や同僚の方たちが集まって頂き、遠方から来てくれる同期もいました。そのとき、本当に絆というものを感じたように思います。
今でも、FBやメールなどで頻繁に連絡をとっています!退職したのに、同期として接してくれることが本当に嬉しいです。700名の応募の中から、4度の選考を受け、偶然、同期としてであった16名です。
今は、私のように新たな場所で新しいスタートを切っている人もいます。
ですが、私はこの出会いは偶然ではなく、必然だと思っています
。学生から、社会人へシフトする努力する時を共に力を合わせて頑張ってきた仲間なので、これからもこの絆を大切にしていきたいと思います!


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長崎 諫早 歯科 ふじた歯科">
[2013/04/19 11:24] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私の兄弟
こんにちは、ふじた歯科ありさです。

今日は私の兄弟の話をしたいと思います。

私には兄弟が4人います。私が一番上で、一つ下の妹、四つ下の妹、8つ下の弟の4人です。
小さい頃は4人で近所の子達といっしょによく遊んでいました。
兄弟は何人?と聞かれて、4人ですと答えるといつも「兄弟が多いんだね」と驚かれます。
私は小さい頃は兄弟が4人もいることが苦痛でした。

長女である私は、今思えばいろんなことで我慢をしていたように思います。
私が一番上だから、私がわがままを言えば、
下の子たちも当然のようにわがままを言い出すだろうと思っていたからです。
これは両親から強要されたわけではなく、自分で自然とそう思うようになっていました。

それから私が8歳のときに、弟が生まれました。
4人目にして待望の男の子とあって、すごく喜ばれたようです。
生まれてからも、近所の方や、祖父母の愛情をたくさんに受けて育ちました。
まだ幼かった私は、そんな弟を妬ましく思ったこともあります。

しかし、弟も今年で高校3年生になりました。
妹たち2人も成人して、一人は地元で、一人は東京でそれぞれ仕事をしています。
妹たちとは昔はよくケンカをしましたが、今では友達同士のように恋愛の話をしたり、
悩みの相談にのってもらったりしています。

昔は兄弟が4人もいることが嫌でしたが、今ではこの4人でよかったと思います。
4人が集まれば、昔一緒に暮らしていたときの笑い話を思い出し、大騒ぎできます。
今ではそれぞれ仕事をして、弟も部活で忙しくしているので4人が全員そろうことも少なくなりました。
これからもっと少なくなるかもしれませんが、その分会える時の時間を大切にしていきたいと思います。


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長崎県諫早歯科   ふじた歯科    ありさ
[2013/04/15 13:57] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
困っている人
ふじた歯科あいこです。
この前仕事を終え家に帰ると、わたしの隣の家の前に人が数名集まっていました。
時間は10時くらいで、こんな時間に何だろうと思いながら家に入ると、帰った形跡のある弟と、母の姿がありません。台所では料理が作りかけでした。
隣の家にいるのかと思い行ってみると、車がパンクしてしまい困ったご夫婦が助けを求めてきていたようです。
ご夫婦で口之津から諫早に用事があり向かっている途中にパンクし、国道から少し入ったこの地域に曲がって、ちょうど力尽きたのが隣の家だそうです。
8時半に仕事から帰った弟が隣の家の異変に気づき、間もなく俺もいってくる!と言って一緒に手伝いにいったそうです。母はやじうまです。
途中弟の連絡で車の整備の仕事をする友達が駆けつけてくれて解決しました。
パンクといえばすぐにスペアタイヤに交換して済みそうなものですが、車自体が古く、整備師の友達も苦戦して、必需品のジャッキーが壊れてしまったり、スペアタイヤに交換して一度は出発したものの10メートルといかず、またスペアタイヤがパンクしたりと、結局ご夫婦が帰られたのは11時をとっくにすぎたころでした。
私は家で作りかけのご飯を作っていて、帰ってきた母と弟と弟の友達と食べながらさっきの出来事について話す姿を見ていていました。
仕事から帰るなり、おじちゃんがなんか困っとるかもしれん!といってすぐ手伝いに向かった弟。野次馬ながら暖かい飲み物をもっていったり、弟と友達を目いっぱい褒める誇らしそうな母、いちばん活躍して皆に褒められて照れている友達。
その3人がとてもいきいきしていました。
困っている人を助けてあげたときは自身も気分が晴れやかになります。
今回のように、見返りを求めず、爽やかな行いができるよう、
私も見習いたいと思いました。


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長崎県諫早市歯科 ふじた歯科        あいこ
[2013/04/10 06:39] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
わたしの祖母
ふじた歯科 愛です。
今日は私の祖母の話をします。
私は子供の頃から父方の祖父母と一緒にすんでいました。
うちは両親共働きだったので幼稚園の頃は祖母が幼稚園バスの送り迎えをしてくれていました。
当時はお母さんが迎えにきている友達がうらやましくてワガママを言ったこともありました。
そんな私に祖母は、家に帰るとおやつを用意してくれたり近所の駄菓子屋に連れていってくれたりと母が帰ってくるまで私が寂しくないように面倒をみてくれました。
祖父母ともに本当にいつも優しく自分のことより私のことを考えてくれました。
しかし祖父は今から7年前に亡くなってしまい、祖母は現在入院しています。
最近では高齢のせいもあり体が弱り寝たきりの状態になっています。食事もあまり食べることができず、ずっと点滴を打っています。
痴呆もありたまにお見舞いにいくと私の名前が出てきません。でも名前を教えると、思い出したかのように昔の話をしたり、帰り際に私の手を握って愛ちゃん来てくれてありがとうと言ってくれることもあります。
そんな祖母をみているとなんだか寂しくなって悲しくなってしまうこともありますが、祖母は私が行くと喜んでくれていると思うので時間を見つけてお見舞いに行きたくさん話をしたいと思います。


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長崎 諫早 歯科 ふじた歯科  愛
[2013/04/09 13:02] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私の友達
私は小学校から仲良しのお友達がいます。
小学校、中学校と同じで高校は別々でしたが
高校卒業してからは、またよく遊ぶように
なりました。
高校卒業してからすぐ、就職の道に進んだ
私とれいみちゃん。
就職した当初は大学に進学した友達が羨ましくて
しかたがありませんでした。
二人とも就職し仕事をするということに
挫折しそうでした。
もうできないという私に、れいみちゃんは
励ましの言葉を沢山くれました。
もう嫌と泣く私に、れいみちゃんは
千代ちゃん今、頑張ったらまた日曜日と
冗談混じりで背中をおしてくれました。
れいみちゃんがいたから、ここまで
頑張れました!!
身近な家族の存在も大きいものでしたが
友達の力って、すごいと思います。
悩んでると悩んでくれる泣いてると泣いてくれる
励ましてくれる、笑いあってくれる、優しい
れいみちゃん。
そんな、れいみちゃんを一生大切にしたいです。



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長崎県諫早市歯科   ふじた歯科     ちよ
[2013/04/06 14:14] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
歯科医師になるきっかけ
今日は私が歯科医師になったきっかけについてお話します。

小学生の時は、周りの友人たちと同じようにプロ野球選手や学校の先生になりたいなどと考えていました。

しかし、中学生のころから医療の分野になとなく興味を持ち始めていました。


歯科医師になるという決定的な決め手は、大好きだった曾祖母にあります。

曾祖母は、私の記憶がある時から、歯はほとんどなく義歯を装着していました。

義歯にしてからはあまり食が進んでおらず、あまり噛まなくていいものを流し込むようにして毎食食べていたようです。

その様子からは、あまり「食」というものに楽しみを見いだせていないようで食べることも面倒であるようなイメージをぼんやりと覚えています。

そうこうしているうちに、曾祖母は認知症が進行していきました。

経過を見ていくと、進行するにつれて私のことも分からなくなり、非常につらく悲しくなったことを覚えています。

認知症になるきっかけを冷静に考えていると、やはり自分の歯がある時は楽しみにしていた「食」を楽しめなくなったことが原因であるのではないか。楽しく食事ができたら認知症の進行を遅らせたり、認知症自体になることはなかったのではないかなどを考えていくうちに歯科医師になろうといつのまにか決心していました。

結局、曾祖母は歯医者になると決心し、歯学部に入学した2年生の時に亡くなったので、歯科医師の卵としての自分を見てもらっただけでも、少しは恩返しになったのかなぁと考えています。




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長崎県諫早市歯科  ふじた歯科     米嶋
[2013/04/05 17:18] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私は、今まで頑張った習い事が2つあります。それは、クラシックピアノと書道です。
今日は、1番好きなピアノについてお話します。
私は、4歳~18歳まで 14年間ピアノを習っていました。私の通っていた ばらの幼稚園の2階でヤマハ音楽教室が週に1回あっていたことがきっかけです。
私は、別のホールで行われていた造形教室に通いたかったのですが、母は女の子なんだから!と言って・・・知らないうちにピアノを習うように決まっていました。
ヤマハにも様々なコースがありますが、私はエレクトーンを習っていました。当時、実家にもピアノではなく鍵盤が上下2段と足もとにも鍵盤があるエレクトーンがあったので都合が良かったのかもしれません。
ヤマハでは、絶対音感をつけるために、先生が3つや4つ1度に引いた音を当てる訓練や幼稚園の年長になると作曲も始まりました。
7人のグループでレッスンがあっており、1人づつ練習の成果を弾いていかなければならず、幼いながらに、誰よりも上手に弾きたい!褒められたい!と必死だったことを思い出します。
小学3年生のころ、本格的にクラシックに目覚めてきた私は、ヤマハをやめ、個人のピアノ教室に通うようになりました。学校を卒業したばかりの若い先生で、私は初期のメンバーだったのではとても可愛がってくださいました。
今までエレクトーンを習ってきた私は、ここからが非常に辛かったです。エレクトーンは鍵盤を軽く押そうが、強く押そうが同じ音量の音しか出ませんが、ピアノは全く違い感情や押す力で全く異なった音を奏でることが出来ます。
最初の数年はエレクトーンのクセがぬけず、指に上手に体の重みを乗せることが出来ませんでした。 レッスンで注意されることが1番嫌いだった私は、家ではピアノの部屋にこもり、親に泣き声が聞こえないようにタオルを噛んで泣きながら練習していたこともありました。少しずつ、少しずつ体が覚えていき、楽譜も大きな音符だったのが、高校の頃には、とっても小さな音符の楽譜になっていました。
高校生の頃になると、ピアノを練習していると、窓からひょこっと顔を出し、近所の小学生が4~5人聞きにきてくれることもありました!時には、拍手をしてくれたり、まだまだ頑張ろう!私の練習の原動力になってくれていました。
気づいたら始めていたピアノでしたが、私にとって癒しであり、ストレス発散の場でもあります。ピアノを通して、耐えること、繰り返すこと、表現することを学びました。
あの時、母がピアノを習わせていてくれたことに、本当に感謝しています。
前のように、指が動かなくなりましたが、今でも時間があるとピアノを弾いたり、また寝る前はクラシックを流すこともよくあります。それほど、私にとっては癒しになっています。
普段、なかなか耳にしないクラシックだと思いますが、とっても素敵な曲がたくさんあるので、ぜひ聞いてみて下さい!



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長崎 諫早 歯科 ふじた歯科
[2013/04/04 19:55] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
仲間について
先日大学の部活の追い出しコンパに参加してきました。

1~5年生の後輩、OBの先生方が参加し大人数での飲み会でした。

みんな卒業し長崎を離れる6年生と思い出を話したり別れを惜しんでいました。

歯学部の部活には夏の大会がありみんなそれに目指して部活にはげんでいます。

同じ目標を持ちそれに向かい一緒に努力することで強いきずなができます。

ふじた歯科でもみなさんと同じ方向を向いて頑張りよい仲間になっていきたいと思います。


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長崎 諫早 ふじた歯科 松永
[2013/04/04 13:07] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
思い出
今日は昔のよかったという思い出の話です。


僕は保育園の時から小学校5年まで空手の教室に通っていました。


きっかけはドラゴンボールが大好きだったことと、2つ年上の兄が通い始めたからです。


長く通っていたおかげでやめる前には黒帯ももらえました。


ただ小さい道場だったので試合などはほとんどなく、身内で稽古ばかりしていました。


小学6年生になった時は中学受験のため道場にも通わなくなってしまいました。


中学校時代は部活もせずだらだら過ごしていました。


高校に進み、これじゃいけないな、何かスポーツをしようと思い立ち、知人の空手道場に通わせてもらうことにしました。


目標はダイエットでしたが、試合も多く、高校生は市内大会もあったので、試合にでて勝ってみたいなと思うようになりました。


高校1年生の夏にまだ通い始めたばかりでしたが大会に出場することになりました。


1回戦の相手は白帯でたぶん同じ高校1年生でした。


一応経験者のつもりだったので勝てるだろうとたかをくくっていましたが、結果は完敗でした。


帰って両親にどうだった?と聞かれても答えたくないくらい落ち込みました。


どうしても1回くらいは試合で勝ちたいと思うようになり、走ったり練習も一生懸命しました。


次の年に同じ大会に出た時、1回戦突破できた時は本当にすごく嬉しかったのを覚えています。


まあその時は2回戦で負けてしまいましたが、がんばれば人間成長するんだということを実感できたのと、中学校の時もう少し何か頑張るものを見つけてたらなと後悔した経験です。




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長崎県諫早市歯科   ふじた歯科       蒲生
[2013/04/03 11:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
入社一年目
こんにちはふじた歯科しずかです。

私は今日でふじた歯科に入社して1年が立ちました。
毎日がすごく充実しています。私は高校生の時に歯科衛生士という仕事に就きたいと決めました。
はじめは医療系のテレビドラマや番組がすごく好きで看護士や救急救命士に憧れていました。
しかし中学生の頃から汗かきで手汗がひどいのがすごく悩みでした。なので看護士は血圧とか測る時に患者さんに触れるため手汗で嫌な思いをさせてしまうかもしれないと諦めていました。
今考えると看護士になる夢はそんなに軽いものだったのかと思えます。でも医療系に就きたくて調べていくうちに歯科衛生士にたどり着きました。歯科衛生士はグローブを装着するので手汗が気にならないかなと始めは軽い考えだったんですが私は小学生の頃の出来事を思い出し、歯科衛生士になりたいと強く思うようになりました。お父さんは虫歯の治療をしていたんですが、バイ菌が入って顔がすごく腫れ上がり、熱も出たため違う歯医者さんに行きました。しかしそこの歯医者さんでも手に負えず、長崎大学へ運ばれました。
一緒に歯医者さんについて行っていた私はお父さんが歯医者さんで苦しそうにしていたのを
曖昧ですが覚えています。あと少し処置が遅ければ間に合わなかったと聞かされてびっくりしました。
喉の辺りを切ったため、しばらく声が出なくて、手で伝えれるように、幼い私はあいうえおの表を一生懸命作った記憶があります。虫歯が原因で生死をさ迷うなんて考えたこともなく、勉強するうちにすごく歯科について興味がわきました。ふじた歯科の理念にもあるようにお口の健康から全身の健康へというのは本当にその通りだと思います。ひとりでも多くの人に伝えていきたいです。

最近友達に仕事好きだよね?って言われました。ほんとにその通りです。進路に迷ってる方がいたら
歯科衛生士を薦めたいと思います。生まれ変わっても歯科衛生士になりたいと思うほどです。
毎日とても充実していて仕事に行くのが苦に思ったことはないです。それも素敵なスタッフのみなさんと一緒に仕事ができるからだと思います。
これからもよろしくお願いします。



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長崎県諫早市歯科    ふじた歯科    しずか


[2013/04/01 20:36] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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