2月28日 
こんにちは。ふじた歯科ちよです。
今日は先日、参加した工場見学についてお話します。
私は佐賀県にあります、味の素九州事業所に工場見学に行ってきました。従業員数約260名敷地面積は23万㎡と、とても大きな工場でした。
見学時間は40分間あり、40分間の中でアミノ酸について勉強し、工場内の案内をしてもらい生産された味の素でうま味体験をし、そしてミュージアム見学を行いました。
私が楽しみにしていたことは、ミュージアム見学と参加者全員に配られるお土産でした。予想通り、ミュージアム見学は楽しい時間でした。味の素の歴史やアミノ酸の製造工程が模型や、パネルが展示してあり、健康チェックコーナーがありました。初めてみることや、知ることばかりだったので感動的でした。また、他の業種の人たちの働く姿を見ることで、良い刺激をもらうことができました。このような体験をすることで、今後の役に立つことがあると思います。様々な体験をし、感性豊かにしたいと思います。味の素ってすごい!と感動する一日となりました!


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長崎県 諫早市 多良見町 ふじた歯科   ちよ
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[2013/02/28 21:05] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2月23日 
こんにちは、ふじた歯科しずかです。
今日は私自身の話しをしようと思います。
私は友達が多い方ではありません。
小学生の頃はみんなと仲良くなりたくて昼休みになるとケイドロする人この指とまれ!と仕切って多くの友達と遊んでいました。
しかし歳を重ねるごとに遊ぶ人数も少なくなり、次第に仲良しグループができてゆき、いつの間にか一人になっていました。昼休みは図書室に行き、帰りは一人で帰っていました。決していじめられていた訳ではありません。幼かった私は誰にも相談できず、ひたすら勉強ばかりしていました。なので小学校高学年の頃のいい思い出はあまりありません。
中学生になると部活に入り、仲間ができました。とても楽しい日々を過ごしました。
高校は部活よりも勉強中心のクラスに入りました。決して勉強することが嫌いでも苦手でもなかったので初めの頃はすごく充実していました。しかし友達関係では、やはり仲良しグループができていき、みんなと仲良くなりたかった私はグループを転々とする日々でした。
高校3年生になり何故か学校に行くのが嫌になり、朝になるとお腹が痛くなって、休むことが多くなりました。
病院に行くと精神的なものからくる便秘だと言われ、専門学校に入ってからも変わりませんでした。なので遅刻や欠席ばかりを繰り返していました。そしてやっと気が合う友達ができたと思ったら、人のことを悪く言う人だったので私から離れていきました。すごく残念で、悲しくて寂しかったです。
そして私はふじた歯科に入社しました。誰よりも遅刻が多く、欠席ばかりしていた私ですが、一度も遅刻したり休んだりしていません。毎朝起きていた腹痛も全くありません。自分でもすごく驚いています。
今まで、仲良くなろうと思えば思うほど周りの人が離れて行ったので自分自身をさらけだすのが怖かった。いつも自分を作っていました。しかしふじた歯科のスタッフや先生方は最初からすごく優しく接してくれ、クレドにも書いてありますが、友達、家族のように親身になってくれました。みなさんに出会えてほんとによかったです。スタッフとして受け入れていただいて心から感謝しています。
自分をさらけ出すことのできる環境にいれることがすごく嬉しいです。一番年下なのに普段、生意気なことばかり言ってすみません。一緒に笑ったり泣いたりする日常が楽しくて嬉しくて仕方がないのです。
ふじた歯科のスタッフとして日々成長し、役に立てるよう、これからもがんばって行きたいと思います。


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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科    しずか
[2013/02/23 21:07] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
小浜の温泉
2月22日 
こんにちはふじた歯科かなこです。
今日は 私の祖父母についてお話します。
私には小さい頃から父方の祖父母は亡くなっておらずおじいちゃん・おばあちゃんと呼べるのは母方の祖父母だけでした。そんな祖父は先日、77歳になり喜寿のお祝いをしたところです。祖母は74歳です。もともと祖父はまきあみ漁船に乗っていて五島に住んでいたのですが、15年前「立ち退き」になり、大好きな五島を離れて長崎市に引越してきました。
祖父母の家は、階段を約140段登らないと絶対に着きません。引越してきた当時は60歳だったので階段もそんなに、おっくうではなかったみたいですが最近は年をとるにつれてすごくきつそうです。
私は専門学校3年間祖父母の家で生活をしていました。いくら孫でも、いきなり家族が増えることに対して、気持ちよく返事をしてくれたことに感謝しています。
3年間私はすごくホームシックでした。毎週小浜に帰っていました。どうかすれば小浜から通うこともありました。そんな私に、祖母は3年間毎日お弁当を作ってくれました。みんなが食べるから恥ずかしくないようにと若者が好む、おかずを入れてくれたり、すごく愛情を感じました。毎日ごめんね?というと、「ボケ防止にちょうどよかけん」と言って作ってくれました。祖父は朝ごはんを食べれない私にバナナを1本持って行きなさいと毎朝持たせてくれたり、しょっちゅう小浜に帰る私に電車賃はあるとかと、お金をくれたりしました。
私が専門学校1年生の夏初めての定期テスト中に祖母が倒れました。夜に近くに住んでいる母の兄に連れられ祖父と祖母は病院に行きました。まだ住んで間もない土地で1人1晩過ごしたのは、今でも心細さを感じます。原因はわからなく、その後は元気にすごしていますが、私が長崎にいるときよりも今は、おじいちゃんもおばあちゃんもすごく弱っているのがわかります。専門学校の卒業式の日、私は日本歯科衛生士会から表彰されました。母からあとで聞いたのですが袴姿で表彰される私を見た祖母は泣いて喜んだそうです。三年間必死で勉強したかいがあったなと心底思いました。
最近母と弟と大好きな、なまことうりの漬物を持って長崎に行きました。祖父母はみろくやが好きなのでそこでご飯を食べようと言いましたが、母のふとした一言でバイキングになりました。バイキングが初体験の祖父母。何もわからず、あたふたしている姿にかわいいと感じ、またほっとけず、色々教えてあげました。食後、どうだったかたずねると、とても気に入ったようで「ここは良かなぁ」と笑顔で言ってくれました。
愛情いっぱいで向き合ってくれる祖父と祖母。海が大好きににので温泉に入るがてら釣りを小浜にしにきます。たくさんおじいちゃんおばあちゃん孝行をして、1歳でも長生きしてほしいと思っています。



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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科   かなこ
[2013/02/22 20:02] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2月20日 
こんにちは、ふじた歯科ありさです。
今回私は実家で飼っている牛の話をしたいと思います。
私の実家は農家で、牛も飼っています。子牛をせりにかけて、その収入で生活していっています。
今家には、親牛が4頭、子牛が3頭います。親牛はメスしかいません。オスは子牛を生めないからです。頭数自体は多くありませんが、父が主に世話をしています。牛を飼育し始めたのは祖父の代からなので、私は小さい頃から家に牛がいる環境で育ちました。
そのせいか、私は今まで何度も牛の出産を見てきました。人の出産も大変ですが、牛の出産も同じくらい大変です。見ているこっちが苦しくなります。今でも忘れられないのが、私が小学生の頃、赤ちゃん牛が前足の爪だけ出ていて、なかなかお腹から出て来れずに、このままでは親牛もあぶない状態になるからということで、爪にチェーンを引っ掛けてみんなで引っ張って取り出したこともあります。
このようにして生まれてきた子牛は、目が真ん丸くて本当にかわいいです。好奇心も旺盛で何にでも興味を示します。生まれてしばらくの間はずっと親子で過ごしています。
しかしいつまでもそのままにしておくことはできません。
生まれて3ヶ月で親と子を引き離し、子牛には母乳ではなく飼料を与え、適度な運動をさせてどんどん大きくさせます。引き離して数日は親は子を、子は親をお互い探しあって鳴き続け、しまいには声がかれてしまうほどです。
そして生まれて半年たったら、耳に番号札をピアスのようにつけ、鼻にわっかを通します。すべて麻酔などはありません。それからはとにかく食べさせ、とにかく運動させ、大きく太らせます。
10ヶ月がたったら、その子牛をせりにかけます。その後オス牛は肉になって、メス牛は肉になるか、もしくは親牛として飼育されるようになります。
メスの親牛は一年周期で妊娠と出産をします。妊娠・出産して、3ヶ月たったらまた妊娠して出産して・・・の繰り返しです。妊娠しなくなったらせりにかけて、太らせて肉になります。
このように牛たちは人のために生まれて、人のために肉になります。私たちにできる一番の恩返しは感謝しておいしく残さず食べることだと思います。牛だけに限らず、全ての食事には命があることを忘れずに、大切に残さず食べるようにしたいと思いました。


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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科     ありさ
[2013/02/20 21:09] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2月18日 
こんにちは。ふじた歯科あやかです。
今日私が発表するのは、最近あった出来事について発表したいと思います。
私は5人家族で、一番上の姉は福岡に住んでいるので、父 母 双子の姉と4人で暮らしています。私が幼かったころは、姉たちと毎日のように喧嘩をし、その度に両親に叱られていました。
そんな私も今年で24歳。年齢を重ねるにつれ、幼いころのような喧嘩も少なくなりました。
そんな中、つい先日父と些細なことで喧嘩をしました。
丁度その日母は職場の飲み会で帰りが遅くなるようでした。双子の姉は夜勤で家にはいなかったので、私と父の2人きり。母の迎えを父から急に頼まれ、その時私は歯磨きをしていたので、歯磨きをした後に迎えに行こうと思っていました。そんな私を見て、父は「もうよか。お母さんに歩いて帰ってこさせるけん」と母に電話をしました。私は、せかされているように感じ、そこで父と口論になりました。
父と口論になった後、私は飲み会が終わった母を駐車場まで迎えにいくため、苛立ちながら家を出ました。歩きながら、母に電話をし、父と言い合いになったことを話しました。駄目だとは分かっていましたが、その苛立ちを母に八つ当たりをしてしまいました。そんな母は私に、「今日は寒いから、暖かくしてね。お母さんは歩いて帰ってくるけん、彩香はお家に帰って暖かくしとかんね」と言われ、私は家に戻りお風呂に入りました。お風呂に入りながら、母に八つ当たりをしてしまったことを後悔していました。そこで、丁度母が帰宅し、私は「八つ当たりしてごめんね。」と謝りました。母は、「落ち着いて、落ち着いて」と抱きしめてくれました。
私も意地っ張りなので、その日は父とは口を聞かず、就寝。
翌日、私が仕事から帰宅すると、父は何事もなかったかのように話しかけてきてくれました。
どんなに喧嘩をしても根に持たず、翌日には、いつも通りに接することができる。
時には喧嘩もするけれど、ずっと大切な家族なので、これからも大切に・・・そして、ここまで育ててくれた両親に感謝をしたいと思います。

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長崎県 諫早市 多良見町 ふじた歯科  あやか
[2013/02/18 21:10] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2月15日
こんにちは ふじた歯科 院長です。
今日は、感謝していることの話として、私の母親の話をします。
母親は、現在78歳で、正直大分年老いてきました。それもここ数年で特に感じるようになりました。
2年前の梅雨の時期、足を滑られてしりもちをついて腰椎骨折をしましたが、すべってしりもちをつくだけで骨折するのですよ。
その時、入院した母を見舞いに行くと、それまであまりまじまじと見ていなかったのですが、顔も、手もしわが目立っているのですね。年老いてきたことがはっきりわかりました。また、同じ話を繰り返すようになったことも気にかかりました。幸い、1か月くらいで退院したのですが、その年の11月に祖母が107歳で亡くなってから、より一層ふさぎ込んでしまいました。
精神的なものと年齢からくるのか、少し異変に目立ってきました。また、のどのつかえがあるとも話したので、西諫早病院でPET-CTで精密検査をしてもらったのです。
結果として、実はラクナ梗塞と言って、脳梗塞の一種を起こしていたことが分かりました。
そのため、記憶の一部が飛んでいるのと、嚥下運動の一部がうまくいかないのです。
一歩間違えば、半身不随だったので、運がよかったというしかありません。
原因が分かったので、こちらとしても対応しやすくなったし、より健康で長生きしてほしいと思うようになりました。
私は、16歳の時に父親を、20歳の時に祖父を亡くしたので、それ以来母が私たち3人(姉と妹)を育ててくれました。今、自分も2人の子供を育てていますが、どれだけ大変な思いをして、子育てをしてくれたかわかります。
実は私は高校を卒業してから1年間、農業をしました。農家の長男として父親のいない家庭を支えるのは当然といえば当然ですが、それこそ自分が望んでいない仕事で頑張ることがどれほどむなしくてつらいかを知りました。いろいろな葛藤があったのですが、結果として、母親にお願いして大学に行かせてもらったのですが、その時の母親の決断が無ければ今の僕はありません。
これからあとどれだけ、母親に親孝行できるかわかりませんが、なるべくいい人生だったと思ってもらえるようにしたいと思います。皆さんも、普段接しているとなかなかわかりませんが、みなさんの一番の理解者であること。そして一番の味方は両親ということは間違いないので、どうぞ大事にしてやってください。


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長崎県 諫早市 多良見町 ふじた歯科      院長
[2013/02/15 21:12] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
友達の結婚式
2月14日
こんにちは ふじた歯科 ちかこです。
今日は私の友達について話します。
友達って一言で言っても、実際にはいろんな友達がみなさんにもいると思います。
地元の友達、高校の友達、専門学校の友達…といろんな友達がいますが、その中でも一番身近で仲の良い、地元の友達について今日は話します。
私は地元の女友達で今でもちょこちょこ集まり仲の良い友達が5人います。
その友達はみんな独身でした。
だけど昨年そのうちの一人が結婚しました。
私たち5人は余興を頼まれ、今までこのメンバーでしたことがなく、何をしたら喜んでもらえ、メッセージ性があるかとすごく考えた末、式当日だけでなくあとからでも見返すことのできるよぉにとDVDを作ることにしました。
DVDの内容は今まで一緒に過ごしてきた学生の時のもの、旅行に行った時のもの、誕生日会の時のもの、いろんな思い出の写真を流しました。
そのあとにその新婦の兄弟や、関係のある友達、いきつけの美容室の方、友達の兄弟、など多くの方たちの動画を撮影しに回り、流しました。
新婦はDVDが流れている間、笑って泣いていました。
そのDVDの最後に新婦の祖父母の動画を入れました。
サプライズ過ぎてすごく号泣していました。
なぜなら、新婦は父子家庭で育ち、祖父母が親のようにして育ててくれたと日頃から感謝していたからです。
だけど、ここ数年、入退院を繰り返していたため式に呼ぶことができず、そんな中のお祝いの言葉だったからです。
友達の名前はアキていうんですけど…
アキちゃん結婚おめでと、とおばあちゃんが。
アキちゃん、りゅうくん結婚おめでと。アキちゃんが幸せにならんばじぃちゃんも幸せじゃなかとやけん、幸せになってねとおじいちゃんからのコメントでした。
いい意味でいろんなことを考えながら迎える友達の結婚式は、すごくよいものとなり、幸せそうな友達の顔を見ていると挙式の時から感動し、泣いてしまう人が非常に多く、レセプションともにとてもいい日になりました。
結婚式の次の日には、
きのうは本当にありがとう帰ってからもDVDみたりして泣いて、朝からも泣いて、サプライズしたかったとに逆にされて本当に皆の人を喜ばせたいって思いには叶わんなーっておもった。もっと皆の事大切にせんばって思ったよ
凄く色々考えてくれてて、心から嬉しかったよただでさえ仕事とか忙しいのにありがとね
ということを言われて頑張って作って、喜んでもらえてよかったなと思いました。そしてこれからも回りの友達を大切にしていこうと思いました。
来月、また一人、結婚式があり、余興として、今DVDを作ってます。感動させれるものをまた頑張ってみんなで作ろうと思います。


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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科      ちかこ
[2013/02/14 20:06] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私のおばあちゃん
2月13日
あいこです。
今日は私のおばあちゃんの話をします。
おばあちゃんは私の家から歩いて2分くらいのところに住んでいます。
私の家のまん前にはおばあちゃんの畑があり、そこで野菜やお花を作っていて、おばあちゃんはその手入れをしに毎日畑にくるのが日課です。
そんなおばあちゃんは自分の畑で作ったもので私においしいご飯を作ってくれます。お漬物を作ったり、自家製の味噌を作ったり、とても料理上手で、昔ながらの知恵を沢山持っています。一回でも「おばあちゃんこれおいしいね!また今度作ってね!」というと、次の日には食べきれないくらい大量に作って、仕事が終わるまでまっていてくれます。私が何でも「おいしい、おいしい!」といって食べるのが嬉しいようです。
先日は「ぜんざい作ったよ、あいこはぜんざいが大好きやろ!食べにきなさいね」と連絡がありまたまた大量のぜんざいを食べに行きました。
最近では色んな話を語り合います。
少し前には突然スッと立ち上がり、部屋の奥からきれいな柄の箱を持ってきました。中には孫たちの写真や家族との思い出の写真がいっぱいありました。その中にはいくつかの手紙もありました。ふと目に付いたのは見慣れた私の字でした。
私は仕事をするようになってからおばあちゃんへの恩返しの一環で、毎年お年玉をあげているのですが、それには一言だけメッセージを添えていました。「ばあちゃん長生きしてね」とか「ばあちゃん美味しいご飯作ってね」など、何気ないメッセージです。そんなものを大切にしてくれているおばあちゃんにとっても感動しました。
少し前までは小うるさく叱られることもあるほど、ピンピン元気なおばあちゃんでしたが、そんなおばあちゃんももうすぐ85歳。腰が曲がってきたせいか、貫禄のある姿は消えて、前より小さく感じます。
それでも私にとっておばあちゃんは偉大です。
今年は、嫁入り道具にとダイヤのネックレスをかってくれました。これは、おばあちゃんと今は亡きおじいちゃんが、子供やその子供の孫たちに何かを残したいと、昔からこつこつ計画してきたことの一つだそうです。今もおじいちゃんとの約束を大切にしている、そんなおばあちゃんは私の尊敬する人です。
最近の口癖は「私もひ孫をいっかいだけでも抱いてみたい!」です。
そんなわがままを叶えてあげられる日がくるといいなと思います。

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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科    あいこ
[2013/02/13 20:09] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私の妹
2月9日
こんにちは。ふじた歯科ちよです。
今日は私の妹ことをお話します。私の妹は知らない人の前では無口で少し無愛想な中学1年生。最近、少し生意気です。ふじた歯科でメンテナンスはりえちゃんに、治療は蒲生先生にお世話になっています。
かよちゃんは、ふじた歯科でスタッフのみなさんの名札を見て名前を覚えているようです。いつも仕事から帰ってきた私に、今日は誰からしてもらったよ!とか今日は、りえちゃんから歯磨きが上手になったね!と褒められたよなど全部、教えてくれます。
そんなかよちゃん。私は、かよちゃんが産まれてきてくれて本当に良かったと感謝しています。かよちゃんが小学生の時かよちゃんにとってはお兄ちゃん、私にとっては弟を事故で亡くしました。
お兄ちゃんと、とても仲良しだったかよちゃん。かよちゃんは泣き叫ぶこともなく、じっと涙をこらえていました。今でも忘れたくても忘れられない姿となっています。母も弟のことを、とくに大好きでした。母は弟が居なくなった日から毎日毎日、泣いていました。泣いても、弟は帰って来ないからと父は母を慰めます。そんなこと分かってるから!と母は言います。
もう帰ってこない弟を、どこか待っている私がいました。そんな中、かよちゃんは、絵を描いて、母に渡しました。好きな本からとった詩と絵でした。そこには、大切なものってなに?と聞かれた時、迷いもなく仲間っていえる。皆ずっとずっと一緒だよ。大好き。ずっとずっと。という内容でした。ずっと一緒という言葉に小さかったかよちゃんがあの時はすごく逞しく大きく見えました。
いつ何が起こるか分からないのが人生だとよく聞きますが、まさにその通りだと思います。ずっと一緒にいたいと思える家族や友達を大切にしていきたいです。これからも、逞しく元気に大きくなってほしいと思います。兄弟二人になりましたが、これからも支え合っていきたいと思います。
かよちゃんに普段は、なかなか言えないですが、感謝の言葉を言いたいです。
本当にありがとう。かよちゃんと兄弟で良かったです。

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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科    ちよ
[2013/02/09 20:11] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
前向きな弟
2月6日
こんにちは。ふじた歯科ようこです。
今日は、障害を持つ私の弟の話をします。
私の弟は、脳に水がたまる水頭症という障害を持ち生まれてきました。生まれて2日間に渡り、頭からへその下までシアントと呼ばれる管を通す手術が行われました。
小さな赤ちゃんが頭にはぐるぐる巻きの包帯、体には様々な管がつけられ再び手術室へ入っていきました。涙を浮かべながら肩を震わせていた父と、2人で手術室の前で待っていた光景は今でも忘れられません。
19歳となった今も、弟の知能は3歳のままで、言葉はうまく話せませんし、日常生活でも補助が必要なこともあります。
しかし、そんな弟から私はいくつものことを教わりました。
1つ目は、努力は必ず報われるということです。歯の治療と歯磨きがその一つです。幼い頃から病院で痛い思いをしてきたせいか、病院が大嫌いで、歯の治療も必ず全身麻酔をかけて行っていました。しかし、何度も何度も長大の先生とお口の中を見せる、そして歯医者さんに慣れるトレーニングをついで、10年以上かかりましたが、やっと最近1人で歯磨きができるようになりました。
また、頑張ることの素晴らしさを学びました。高校を卒業し、昨年から社会人となった弟は、月~金曜日までデイサービスで軽度の作業をしています。缶詰やジュースとなるミカンの皮をむいたり、農作業やパン作りが彼の仕事です。1ヶ月一生懸命働いてもお給料は800円程度です。ですが、とっても楽しんで仕事をしているようで、「今日は作業ありますか?」と毎回聞いてきます。
楽しみながら仕事をしている彼をみていると、私も負けずにがんばろうと思えます。弟が私の家族に生まれてきてくれたおかげで、家族の絆も強いものになりました。私も弟に負けないくらいの前向きな姿勢で、時に兄弟として支え合いながら共に成長していきたいものです。

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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科     ようこ
[2013/02/06 20:15] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
感動した話
2月5日
こんにちは、ふじた歯科 静香です。
みなさん、週間ストーリーランドというのを覚えていますか?
私が小学生の時、毎週木曜日にあっていたテレビ番組です。不思議な商品を売る謎のおばあさんのお話が有名だと思います。そのテレビ番組の中でとても印象に残り、感動したお話を紹介しようと思います。
天国からのビデオレターというお話です。
サキちゃんという2歳の女の子には重い病気と闘っていたママがいました。しかし残念ながら、しばらくして、ママは天国へと旅立ちました。ママはパパにいくつかのビデオを預けていました。そのビデオには見る日が決まっていました。
1本目はサキちゃんの3歳の誕生日のときに見ました。誕生日おめでとう。ママはテレビの中にお引越ししたの。パパの言うことを良く聞いてお利口にしていたらまた会いに来るね。と映っていました。
2本目は小学校入学の日。ママが天国にいることを告げられました。そして、お家のお手伝いができる魔法をママはかけてくれました。
3本目は新しいママが来たとき。サキちゃんが10歳の時にパパは再婚しました。ビデオには「サキちゃん、お家のお手伝い頑張ったね。えらかったね。でももう大丈夫。新しいママが来たんだから。サキちゃん今日で本当にお別れです。サキちゃん今身長はどれくらい?ママには見えない。ママもっと生きたい。あなたのために美味しいものをたくさん作ってあげたい。あなたの成長を側で見ていたい。それではサキちゃん最後の魔法です。それは最後の魔法です。それはママを忘れる魔法です。ママを忘れて、パパと新しいママと楽しい暮らしを作ってください。魔法をかけるね、1・2・3・ハイッ!」そこでビデオは終わりました。しかし、サキちゃんにはこの魔法は効くはずもなく、心の中にしっかりと残っていました。そして、今度は天国のママに見てもらうためにサキちゃんが主役のビデオが作られたのでした。
言葉で、感動したことを伝えるのは難しいですが、私はこの話を最近になって見直して、すごく号泣しました。
私には姉妹がいません。一人っ子なので、幼い頃は寂しくないようにと、両親はいろんな所へ連れて行ってくれました。しかし、最近は家族との時間が減り、家族で写真を撮る機会が全くありません。この話みたいにビデオレターというまではないですが、写真を撮って記録に残しておくのも大切なことだと思いました。また、日頃から両親には感謝の気持ちを持ち、今度は私が運転していろんな所へ連れていってあげようと思いました。

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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科  しずか
[2013/02/05 20:13] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
とっても親切な人
2月1日
こんにちは。ふじた歯科ありさです。
今回私は、すごく困っていた時に人に親切にしてもらった話をしたいと思います。
少し前の話になるのですが、私は夜、車を運転していました。信号が赤になったので、エンジンを停めて信号待ちをしました。私の車が一番先頭です。場所は浦上消防署の交差点で、私は路面電車が通る通りを横切る方向で、右手に消防署がある状態でした。
信号が青になったので、エンジンをかけたのですがかからず、車がその場所から動かなくなりました。私は何が起こったのかわからなかったんですが、とりあえず後ろの車の人に「先に行ってください」と声をかけて、何回かそういったことを繰り返しながら、どうしようと思ってあたふたしていました。
そこにちょうど後ろに来た車のご夫婦が「バッテリーが上がったんじゃないの?」と声をかけてきて下さり、「このままでは邪魔になるので、消防署のあいているスペースに移動させよう」ということになり、消防署の職員の方も来てくださり、一緒に私の車を押して移動させてくれました。
そこでバッテリーを充電するため、そのご夫婦が持っていた2色のコードを使って私とご夫婦の車を繋いでしばらくエンジンを充電していました。そのご夫婦に、「誰か迎えに来てくれる人はいないの?」と聞かれ、「私の実家は島原半島で諫早に一人暮らしをしているので、迎えに来てくれる人は近くにいません」と答えると、「帰るまでの間に、また何かあったら大変だからこの2色のコード安物だからあげるよ。もし何かあったときは、その辺りにいる男の人だったら誰でも分かると思うから助けてもらいなさい」ということで、コードを私にくださり、そのままご夫婦と消防署の方は帰っていきました。
私はその後何事もなく家に帰ることができました。
今でもそのご夫婦と消防署の方には感謝の気持ちでいっぱいです。この経験から、私も街中で困っている人を見つけたら、声をかけて助けてあげられる人になりたいと思いました。


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長崎県 諫早市 歯科 ふじた歯科      ありさ
[2013/02/01 20:19] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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